アイドルファンに学べ

業務には到底関係なさそうな大きなバッグの中に、アイドルのコンサートで使用するような電飾の棒が見えた。私が問う前に「——そう、アイドルです」満面の笑みで答えた担当者。熱心なアイドルファンで業務出張に関わらず、月に何度も遠征するという。「趣味は?」と尋ねられて魚釣りだと返すも「本気ですか?」一瞬、答えを躊躇ってしまった

「僕はね、本気ですよ」たたみ込まれて気圧された——。

すっと鼻筋の通った端正な顔立ちの魚に会えた。緑の瞳の奥には地上に連れ出された不平不満が募る。すみません

今年は思うように釣りに行けず(特に渓流へは数えるほどしか行けず)、盆過ぎには納竿となってしまった。しかし、いや、だからこそというべきなのか。だらだらと釣りをするよりも、凝縮されては濃く、短かったシーズンを深く思い出してしまうから不思議である。

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気温が高くなる前にひとまず釣りをやめて、藪の中をかき分けて土手まで戻ってきた。草やら泥やらの様々な匂いをたっぷりと染み込ませた汗が爽やかに心地いい。まったく、これだからやめられない。しばし、夏の日差しを見上げて満たされた充実を感じていると、土手沿いを歩いてくる釣り人の姿が見えた。河川敷の野原に停められていた乗用車のナンバーには、遙か西の土地名が刻まれていた。

随分遠いところからと話しかけた。水草が水面を厚く覆うフィールドを求めてやってきたのだと言ったが、その顔を曇らせていた。魚影は追えているのだが、一向に食わせることができないという。その言い方は「魚がスレている——」の一辺倒で、時間が悪いのでは?という基本的な見解も遮った。車中泊までして熱中する釣り人は、どうして楽園を目の前にして河岸を変えるときかない。夕飯はコンビニで済ませ、酒もクーラーボックスに入れて持参する徹底ぶりだから、もうそれ以上は会話にならなかった。

夕方になって土手を覗いてみるも、彼の姿はなかった。だから傷ひとつない均整の取れた魚がそのまま残されていた。

釣り糸で胴体に傷を付けてしまったか。宝石のように輝く銀鱗を傷付けてしまうのだから、釣り人は罪深い

夕方の雨雲を追って車を走らせた。ザッとひと雨降った後の用水路はいつもよりも濁り、魚影を見えなくしたからこそ、ありありと魚の気配を感じさせた。雨水をたっぷりと含ませた流れ込みに一番大きなルアーを投げ入れると、同時に爆発した水面に思わず体が飛び上がった。

すべての思考を止めさせる興奮の緊張もまた、見えないからの、である。飛び上がってしまったことにより、外れてしまった釣り針は大興奮の苦笑いだけを残したが、それもはたから見れば喜んでいるようにしか見えなかっただろう。心の底から込み上がってくる得体の知れない感情というのは、未だになんだかよく分からない。だから魚釣りをやめられないのか。次の流れ込みでついにその正体を捕らえると、大型淡水魚の激しい抵抗を必死に耐えながら苦笑いを引きつらせていた。

生来フィッシュイーターが持ち合わせている、躍動感にあふれた捕食。それが多く見られるのは多様な生物が生息できている好環境である。それぞれの習性や季節、天候に合った規則正しい行動を取れなくなるような乏しい自然環境やフィッシングプレッシャー、その中でも順応しようと行動する魚が飢えていたり、スレていたりするのではないか。目の前の魚ばかりを追っているのは何も見えていないと同じであり、釣れないときがあって、はじめて釣れることを改めると、魚釣りはもっとシンプルであることに気がつくはずだ。

どう猛なくせに臆病者。岩魚の愛嬌はそんなところにあるようだ

「本気の人」が熱心に語った内容はほとんどアイドルのことではなく、街の美味しい店から名所や名産品のことだった。発端はアイドルの「推し」の店に品であったが、熱心に探索しているうちに地元の人よりも詳しくなったというから驚いた。熱中するあまり視野狭窄になるのではなく、俯瞰して捉えることができれば楽しみ方はさらに増えていく。たくさんの楽しみを知る者が賢者であるというのは、なるほど合点がいくだろう。

フィールドを荒らし、落としていくのはゴミばかりだとすれば、「釣り客」その呼び名からも切り離されて久しいのは当然である。自分本位のケチな世界観がアイドルファンに学ぶことはとても多いのでないだろうか。

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あまりに感心して、熱心にアイドルの話を聞いていると「是非、今度一緒に」

さぁ、困ったことになった——。