横綱の矜持

隅田川を渡っていたときに思い出し、来年のカレンダーを買いに平日の国技館に立ち寄りました。残念ながら、すでに日馬富士のパネルは撤去されており、不本意な形で並んでいた三体の横綱パネル。その淋しさというのは、やはりなんとも。。思わずパネルの前で立ち尽くしていると、スーツ姿の錦島親方(元朝赤龍)が協会の出入り口から出てきました——。「親方っ!」思わず求めてしまった握手に、急いでいたようでしたが、立ち止まってがっちり握手をしてくれました。いやぁ、嬉しい限り。

熱田神宮での奉納土俵入りも今年で最後となってしまった

同じくモンゴル出身力士の玉鷲が、先場所の三賞選考にどうして漏れたのかと憤った好角家は少なくないと思います。充実の相撲内容は当然文句なしで、(選考理由には関係ないが)ちらりとテレビに映った花道奥でのファンサービス、そして豪雨被害を受けた朝倉市への強い思いは感動に値するものがあっただけに残念でした。

単身で来日し、この国の言葉を覚えて話し、この国の食べ物を食べて、厳しい稽古に明け暮れる外国出身の力士たち。時として「外国人だから」とやり玉に挙げられることがありますが、日本文化の象徴である髷を結ってくれるただ一つの存在。だからこそ、より好意を抱かせるのだと思うのですが、普段相撲を見ない人が突然言い出した「国技だから」よく知りもしないくせに「神事だから」と責め立てた言動や報道が、今回の騒動を大相撲ファンが最も望まない形に収めてしまったように思えてなりません。

「この道で生きていくと決めたからには、命がけで取り組まないと意味がない。なぜ、日本の若者は取り組まないんだろう」

NHK時論公論で刈屋解説委員は日馬富士の言葉を上げて、常に真摯な姿勢であった横綱日馬富士の人となりを表してくれました。自身の目標でもあった10回目の優勝は無念にも潰えてしまいましたが、騒動の責任を取っての引退とその会見も立派でした。伊勢ヶ濱親方の悔し涙こそが真相を語っていたように思います。横綱の言葉通り、不甲斐ない日本の若者の代わりに何重にも重たい綱を締めてくれたことに感謝し、第70代横綱のその真っ直ぐ突き刺さる矢のような立合いを忘れません(忘れられません)。

 

それから、年の功とはよく言ったもので。齢を重ねて初めて見えてくるものは、必ずあるのではないかと思います。若い頃は聞けなかったことが聞けるようになる。人の話が聞けるようになるから、自分の話も聞いてもらえるのではないでしょうか。改革に向かう若い指導者は血気盛んに突き進んで行きますが、故に踏み倒された人への救済はいつの世も滞るばかり。

例えば境川親方はどこから見ても完全なる極道ですが、やっぱり目が優しい。弟子を見守るその目は常に暖かく、稽古場でも師弟の強い絆を感じさせます。それに比べてあの親方の、弟子への解説はいつでも難解の禅問答で・・・。

境川部屋宿舎の朝稽古。超強面の親方が見守る稽古場で愛弟子たちの汗がほとばしる