Japan and the Japanese

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前触れもなく生温い風が石畳の路を吹き抜けた。
一度、軒先の灯籠を揺らしてから舞い戻ってきたそれが首筋を伝って外耳に触れると、不思議なことに、聞こえるように思えば、聞こえてくるような気持ちにさせた。風音に耳を澄ますと、ついさっきまで響いていた外湯に向かう下駄の音はもう遠くに消えている。静かな山里の湯治場はもうすぐ盆を迎えようとしていた。
風土や光景、郷土に残る季節ごとのしきたりなどに感じ入ることがあるとすれば、それは日本の霊性だという。無分別に持つものが感じ取る、日本人としての何か。例えば民話の中に取り残された奇跡や今はもう見ようともされなくなった世界のことが、伝えられることもなくなっておとぎばなしの内に閉じ込められていく。
近代的な遊園地や人工的な保養地で耳を突く大声の中にいれば、自ずと大声になる。それではあまりに疲れるだけでなく、語らずとも聞こえてくるような大切な声を聞き逃してしまうのかもしれない。