$89

渓谷のキャンプ場で父子の隣りにテントを張った。父子のテントは真新しく、炭を熾す父親の手つきもおぼつかない。連休を理由にして、息子をキャンプに誘い出したのだろう。何かにつけて、父親は息子に話しかけていたが、息子は左手にスマホを持ち、右手でそれを夢中に動かしていた。だが、返答は早かった。少しだけ声を弾ませて答えていた。器用な奴だなと感心するも、息子は父親が席を離れた途端に、スマホをテーブルの上に投げ出した。

——なんだ、息子も父親と話したかったのか。

父と子の照れ隠し。互いに不器用だから、どうやら少し道具が多くなってしまったようだ。

堅牢なスウェーデン製のリールの歯車が、一発でぶっ飛んでしまうほどの高負荷で、比類なき特異の大物釣り。3ピース竿の開発はまさしくこれぞ、技術革新——!は大げさか。収納力抜群で、更なる機動力を得たとなれば、未踏の道は更なる藪の奥へとつながる。

付属されなかったケースを、さぁ、どうするか。ルアーロッドのケースやフライロッドのチューブでは面白くないし、第一、それが釣り竿を連想させてしまう物ならば、3ピース竿の利点は半減してしまう。野鳥ファンや昆虫ファンなどに扮して、釣り人の姿を見せないことが重要なのだと。

国内では販売のないL.L.BeanのFishing equipmentで見つけた、キャンバス地のロッドバッグは$89。安い!これに釣り竿を忍ばせて、首からカメラでもぶら下げようものなら、間違いなく釣り人に見えない—— まぁ、深い藪の中では誰にも会わないが。

道具にこだわらない釣り人は、その釣り方もしかり。そして、道具が多いということは愉しみが多いということ。断捨離——?それはつまらない奴がすることだ。

 

父子のキャンプ道具は使い込まれて行くほどに、互いの距離を縮めて行くだろう。

新しい道具とともに、また新しいシーズンが始まる。