青春の切符

出勤するよりも早い時間に改札を通った。どっさり酒を携えて、旧友たちと乗り込んだ休日のローカル線が出発のベルを待つ。狭いボックス席で寄せ合う肩が少し照れくさいから、早く乾杯するようにと誰かが促した。

昔から仲間内はむさ苦しいほどの男所帯。モテないだけなのに、それを未だに認めないから、いつもの言い訳が乾杯の音頭に変わる。俺たちはそんなに簡単じゃないのだ!という朝一の熱弁に、通路を挟んで向こうの席から、くすっと笑い声が漏れてきた。リクルート姿の女性は新社会人だろうか。若く、見るからに希望に満ちあふれている。缶のプルタブに指を掛けたところで会釈をすると、小さな声で「どうぞ」ともう一度笑ってくれた。

これから帰途につくという居酒屋の女主人が、菓子と店のチラシを置いて、車窓の外から手を振った。乗り合わせた鉄道の旅は一期一会。今度は家族で旅行中の子供がじゃれてきて、酒を持つ手を揺らす。どの車窓からも眩しいほどの陽射しが入り込み、隔てなく車内を照らしていた。

誘い出したのには、理由があった——。

出発の駅で列車は快速の表示を鈍行に戻した

仕事に家庭にと、あたかも宿命のように責任がのし掛かる。それは特別たいしたことに思わない。人により事情は様々だが、むしろ男の肩にこそ掛かっているのだとすれば、責任は誇れることでもあるだろう。それよりも、男の瞳の奥に座り出した、嫌な乾きが気になっていた。

夢中になること、なれることすらも忘れてしまうと、枯渇するように乾いて、そのまま干上がってしまうのか。お世辞にもいい酒とは呼べない酒に酔ったところで、せめて満たそうとして欲求を抱いたところでも、虚しさが上回ると分かっていたはず。それでも乾きに耐えられず求めてしまうのが、嫌に生々しくて、やけに哀しく、かといって他人事とは思えないように突き刺さった。

いつからそんなに乾いてしまったのか——。らしくないような、つまらない遊び方は、やはりどうしても笑えない。だから、例えば昔のようにはしゃいだりして、俺たちは乾いてなんかいないと思いたかった。青春の切符に、年齢の制限なんてないと信じたかった。

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会津若松は、史跡や名所に沿ってバス網が整備された、観光の街だった。まずは腹ごしらえと、周遊バスで向かったのは名物の桜鍋。癖のない淡泊な馬肉が甘辛い割り下の出汁を吸い込み、これがまたビールに良く合った。

うんちくや講釈よりも老舗酒蔵の酒造見学は、やはり試飲がお目当て。東山温泉の古ぼけたホテルの自家源泉は、思わずいい湯で驚いた。女性運転士がカワイイと誰かが言い出せば、一斉にバスの中でそわそわし出した。

宴会のすっぽん料理は天然物で、その甲羅の大きさに舌を巻いた。あっさりと味付けられたスープの滋味深さに、巻かれた舌はすぐにほどかれた。天然や本物だけが持つ、混じり気のない本当の味わいが、こころの奥まで染み込んだ。よく食べよく飲み、下世話な話しに笑い、今思うことは少しだけ真剣に話した。満たされたのは胃袋だけではなかった。

酔いに紅潮した顔が、何かをしきりに感心していた。天然物はやはり大きいと、店の壁に飾られていた剥製を愛でていたが、それはウミガメの剥製だった。また笑い合った。

会津の女性運転士はハンサムウーマン。車内放送は結構辛口でした

すっかり夜の帳が下りて、名残惜しさに列車も速度を緩めて走っていたようだった。

旅の終わりに言葉も少なく、乗り換えの駅で最後の接続を待つホームは、もはや寂しさだけでつながっていた。とっておきの店があると、たまらず放たれたその言葉を誰しもが待ち侘びていた。見合わせた目と目と目の中は、乾いていなかった。

勢いよくレールを飛び越えて、色あせたネオンの街に向かって走り出した。爆発するようにマントルが湧き出し、体中を熱く巡った。俺たちはちっとも乾いてなんかいない!漲るような力がとっておきの店まで駆け抜けた。

 

「サロン大富豪」と書いてある——

電飾看板の縁を飾った白熱球が順繰り点灯していき、最後にもう一度「サロン大富豪」とピンクに光っては消えてを繰り返していた。

闇夜の中で先を照らす光は、もうギラギラと輝いてはいないが、いつもより強く、少しだけ先を照らしていた。それが、すっぽんの効能なのかは定かではない。

まだまだ現役の新潟色車両。西日が眩しいぜ

旅の内訳は鉄道とバスの交通費に昼食、見学と入浴、すっぽん料理の飲み放題で一万円也。我ながら天才ではないかと思わせた、旅のしほりの功労者は「青春18きっぷ」もちろん、切符に年齢制限はありません。