八甲田の主峰

先週までシカゴへ出張していたという旧友に、「遠いね!」と言われた青森出張——

夏の休暇を二つ使い、青森の温泉を集中して巡ったことがあった。井上靖の小説「海峡」の終幕の舞台である下風呂温泉は、すぐ先に津軽海峡を臨む小さな漁師町。訪れた日の海は残念ながら雨に打たれていたが、晴れた夏の夜には下風呂沖だけでなく、北海に灯された漁火までもが幻想的に浮かび上がるという。硫黄の成分が濃く、香りの強い白濁した酸性の湯は、悶絶しそうなほどに熱かった。それでも静かに湯がしみ渡るのを体と心で感じれば、さながら小説の主人公のように、本州の北の果てにたどり着いたことを実感したものだった。

温泉ファン垂涎の地である青森は遠く、先の下風呂に薬研温泉、そして、霊場恐山に湧く地獄とも極楽とも言えぬ極上の温泉を有する下北は、あまりにも遠かった(多分シカゴより遠い)。湯巡りを終えたあとは放心して、しばらく訪れたくないとさえ思っていた。青森の行きの切符を見るまでは——

まだ、間に合うかもしれない!八甲田の樹氷——!結局、大はしゃぎで飛んできた。

山頂駅周辺の樹氷原を抜けて、八甲田の主峰大岳を望む

春を知らないかのように吹き付けた北風により、青森市内は未だ氷の中にあった。天候回復の兆しが見えたのは、滞在の最終日だった。始発便の定刻から遅れること一時間、連日の運休を決め込んでいたロープウエーが、ようやく山頂駅へ向けて運行を開始した。

東北の温泉は言わずもがな、東北の山もその佇まいが違う。象徴的な山である津軽富士の岩木山は、山麓の嶽温泉から見上げても、弘前城から全体を一望しても、どの姿も津軽のこころに触れさせる。まるで高原のように爽やかな風を仰いでいた夏の八甲田山だったが、山麓の酸ヶ湯温泉は世界有数の豪雪地帯。冬には一変して、雪中行軍の緊張を走らせていた。

山頂駅に到着すると、そこから先は別世界だった。配色のできないような雪の山の上で、圧を持った重たい風に体を揺さぶられた。冬の八甲田の威厳を集めていた主峰大岳の無言は、胸に迫り来るものがあった。極寒の気温と強い風が作り上げた見事な芸術品、八甲田の樹氷は壮観であり、圧倒的だった。

雲が流れると一気に眺望が開けた。眼下に広がる市街地が岩木山に見守られ、そのまま海へと続いている。津軽平野をえぐり取るように陸奥湾が迫ってきているのか、はたまた陸奥湾が津軽平野に蓄えられているのかは、岩木山のみぞ知ることだろう。

古遠部温泉も未だ雪の中。番犬はマタギ犬のチョコ。目が合うとちょっと怖い

下山後は慣れない雪の山道で、冷や汗をかきながら谷地温泉を目指したのだが、まさかの休業日。二度と来ないと肩を落としていても、誰もいないし慰めても温めてもくれない。せめてもの救いは、今日の仕事が終わっている——ことか。十和田方面に下り、蔦温泉を訪れた。

酸ヶ湯や谷地、猿倉などの山麓に湧く、力強い酸性泉や硫黄泉とは打って変わり、限りなく優しい芒硝泉が自噴する蔦温泉もまた、八甲田を代表する名湯の一つ。足元から直に湧き上がる、とろけるような湯は新鮮そのもので、肌を青白くどこまでも透き通って見せた。堂々たる佇まいをさらに磨き込んでいた、深い森の中の一軒宿は、やはり極上の癒やしに溢れていた。

青森の温泉の多くは未だ冬の中に埋もれていたが、厳しい冬に動じることなく、そして埋もれることなく力強く湧き出ていた。耐え忍ぶだけ力は蓄えられて強く、そして優しくなれる。それが東北に生きる魂の根源なのかもしれない。

営業を再開した秋田の日景温泉にも訪れた。作業小屋で何やら作業中の秋田犬はご機嫌のようす

盛岡へ戻って、今夜は鶯宿温泉へ(まだ帰らない)。

本当に東北の温泉はたまらない。このままばっくれようかなと本気で思うのであります——。