伊豆の踊り子号

185系の特急「踊り子」号が終点の駅で、次の出発までの間、老体を休めていた。いよいよ引退を迎えるその姿には、隔世の感があった。子供心にカッコ悪いなぁと思い続けてきた車両も、今や最後の国鉄型車両だという。私も齢を重ね、ようやく古ぼけた緑のストライプに感じ入ることができたのだが、ジーザス。何も考えずに、三島まで「こだま」で来てしまったではないか——。

開花の遅れていた梅もようやく見頃を迎えていた。修善寺の梅林は富士見の景観を売りにしていたが、空模様はあいにくの薄曇りで、富士山も、また白梅の花も、お互いが透けるように溶け込んではっきりとしなかった。

淡い白梅の間からうっすらとだが、富士の姿が浮かんだ

温泉街の蕎麦屋で不意に「旦那さん」と呼ばれると、感慨深いものを感じた。そういう歳になったのだと、しみじみ自覚することがないわけではない。花の美しさに気付いたり、伊豆急行線や駿豆線が妙に楽しかったり、椎茸で取った出汁を多用するようになったり—— 椎茸が名物だということで、椎茸そばを注文した。食感が良く、噛めば噛むほどに深くするその味わいは、なんだか人生のことのように思ったりもした。

桂川の流れに浮かぶ「独鈷の湯」を中心に形成された温泉街は、和風建築の旅館群が清流に並び、日本の伝統的な景観美に溢れていた。伊豆最古の湯とされる修善寺温泉は、源頼家公が幽閉された地であり、また入浴中に暗殺されたともいわれる、日本史に残る古湯。かつて七つ在った外湯の一つ、筥湯を望楼付で復活させて、いにしえの歴史とその湯を今世に伝えている。

古刹、修禅寺の重厚な山門をくぐると、普段は一般公開されていない庭園と、旅館の女将たちがもちよった雛人形の鑑賞会が開かれていた。勇壮な滝が落ちる、高低差のある庭園はまるで小宇宙、なのか。抹茶で一服と言われても、古ぼけた食堂で杯を傾けた方が、よほど宇宙の原理を語れるというもの。しかし、詳しくはないが、雛人形を見るのは結構好きだというと、笑われるかもしれない。娘がいたら、車を売ってでも絶対買うね、七段フルセット。

修禅寺で開かれていた、東海第一園ともちより雛の鑑賞会

伊豆長岡温泉で肝心の温泉まんじゅうを買い忘れたが、湯河原まで戻ってきた。湯河原温泉に投宿するのは何年ぶりになるのだろうか。随分若い頃、仕事を終えた金曜日の夕方に思い立ち、「すぐに準備して」と交際相手を呼出して、湯河原へ向かったことがあった。あの頃に何を思ったかなどはとうに忘れたが、ただ馬鹿みたいに楽しかったことだけは良く覚えている。

長い坂道を登っていくと、藤木川沿いに古ぼけた旅館が建ち並び、低い温泉井が湯煙を燻らせていた。歴史確かな古湯、湯河原温泉が詠まれたのは万葉集で、河原に湧き出る温泉が藤木川の流れにより、あちこち不安定に動いた状況をなぞらえて、揺れ動く恋人の心境を歌った恋歌だという。

懐かしい思い出の宿は、高齢と跡継ぎの問題により経営者を変えており、旅館というよりは民宿のようになっていた。そのあまりの変わりように、思わず動揺してしまった。思い出は時に都合良くできあがるものだが、それでも湯河原の街と湯は、万葉の落ち着きの中で今も揺れ動いているように感じさせた。

藤木川沿いの湯河原温泉。温泉井から立ち上る僅かな湯煙が薄曇りの中に消えていく

霞の中でいつまでもとは行かず、時は流れていく。思いに蓋をして、目をこすらなければいけないのかもしれない。

帰路の駅で東海道線のグリーン券を買い求めた。やっぱカッコ悪いんだもん、特急「踊り子」号——